ぬいぐるみの供養

ぬいぐるみも供養される事が多くなっていますが、人形の一種と考えれば、当然と言えば当然かもしれません。
人形の供養は昔から日本では神社や寺院で行われていましたが、人型の人形と言うのは、古来身代わり的な意味合いがあり、持ち主の災厄を変わって受けてくれたり、こけしは中絶した子供の身代わりとして作られたと言う経緯を持っていますし、それこそスピリチュアルなものと言えます。

人形を処分すると言うのは、一般のゴミと同じよな扱いは出来ず、感謝と惜別の念をこめて、供養するわけですが、ぬいぐるみはその点、日本ではおもちゃのカテゴリーに入るもので、あまり供養して葬ると言った取り扱い方はされていませんでしたが、最近は欧米同様ぬいぐるみへの思いいれも高くなって、大事にしてあったぬいぐるみをどうしても処分する場合は、ぬいぐるみの供養を行なう事が多くなりました。
成田山仙台分院では、みかん箱一杯分で3000円ですが立会いになると5000円でペットの火葬のようなもので、郵送で持ち込んだ場合は自動的に共同供養になり、個別で行う場合はそれなりに僧侶が個別対応するので、供養料も高くなる仕組みでしょう。千葉子安地蔵尊なども水子とともにぬいぐるみの供養を毎日行っていると言うことですが、結局供養してお焚き上げと言われる焼却処分されるわけです。千葉千手観音でも年間を通して、形見、仏壇、仏具仏像、神棚、写真、人物画などとともぬいぐるの供養も行われています。
こうしてみるとぬいぐるみ供養が行う神社や寺院は千葉に多いことは分かりますが、都心に近く焼却する場合、近所に民家が少ないところだからでしょう。

もともと人形の供養は、神社や寺院で子供が成長を祈って子供の身代わりに人形を奉納したことに始まりとされていますが、昔は男の子は端午の節句に鎧や兜、女の子は桃の節句にお雛様などを飾っていて、これらの人形や飾り物を処分する場合は、必ず供養を行っていました。それが人形の代わりにぬいぐるみにも供養がされるようになったのは、日本人のライフスタイルの欧米化に他なりません。
端午の節句でも桃の節句でも、地方ではまだまだお祝いが行われているとは言え、核家族が多い首都圏では、廃れつつあります。節句のお祝いよりは誕生日やハロウィン、バレンタインデーなどの方が人気があって、人形よりぬいぐるみの方がピッタリきます。
ただ時代の趨勢で人形からぬいぐるみへ子供のオモチャが変わって行っても、供養と言う儀式が続けられるのは身近な人型の人形に対する畏敬の念が、日本人の心の奥底にあるのかもしれません。